センチョだけに限らないのですが、チャッチャもワイワイもアジをトレーニングする前に少し服従訓練をします。
ある意味、ウォーミングアップという感じもあります。
ついでにシーソーもやったりします。このシーソーのトレーニング使う犬の気持ちの引き出し方は、ハンドリングのトレーニングでも同じだったりします。
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2014AWC
2009AWC 5
今回は世界戦終了後に予定が入っていて、終了後に観光する余裕は作れなかった。従って世界戦前に観光しておくように、女の子たちに促した。
宿泊したフェルトキルヒは、小国リヒテンシュタインに隣接している古都。ユースには、散策用のウォーキングマップが用意されていた。フェルトキルヒもいいし、リヒテンシュタインもいい。私だったら当然両市内を散策したろう。しかし、女の子たちはフランスだとかイタリアに行きたいと言い出した。
「地のもの旬のもの」を知らないのか?その時にしか味わえないもの、その地でしか手に入らないものを味わう。女の子たちの気持ちのままに行動していたら、世界戦の撮影に支障が出かねない。そこで何とか、片道5時間のイタリアから30分のリヒテンシュタイン観光に切り替えてもらった。しかし、どこで間違えたか(ナビは女子たちだ)、リヒテンシュタインを目指してスイスのクールに着いてしまった。
クールはスイスの古都。昨年行ったエストニア同様、昔の街並みがそのまま残っているらしい。その古い街並み:旧市街を訪れた。クールはヨーロッパらしい街だった。
一通り、町を歩いてスパゲッティなどの軽食でお昼とした。女の子たちは買い物をした。私も、シャツをひとつ買った。革ジャンのいいのがあったが、帰りのトランクの重量を考えて断念した。チョコレートの専門店があって、チョコレートも買った。
ここに来る途中、山の中腹にいくつかの家が見えた。あそこなら、さぞ見晴らしがいいだろうと思われるような斜面に、建てられている。帰り道、そんな山腹に寄り道をした。
山道を登っていく。それぞれの家が日本のペンションほどもある。これはオーストリア全般に言えることだが、家がきれいだ。上るにつけ、見晴らしがよくなる。
やがて峠を越えたのかトンネルを抜けると、美しい谷があり、鈴をつけられた牛さんが放牧されていた。その鈴の音は結構にぎやかで、離れた丘の上でもよく聞こえた。
せっかくなので、山小屋のような店でコーヒーを飲む。きっとハイジの世界に近いのだろう。牧歌的なヨーロッパの山だった。翌日は、ブレゲンツに向かった。フェルトキルヒを北上すると、大会会場のドルンビルンを過ぎ、ブレゲンツに行き着く。ブレゲンツの北はすでにドイツ。ここは、ドイツ、オーストリア、スイス、リヒテンシュタインが隣接している。ブレゲンツは、音楽祭で有名な湖畔の街。
何はともあれ、ロープウェイに上った。ロープウェイは、数分で頂上に達する。アルプスだろうか、はるかかなたに圧倒的な高さの山並みが見える。
ロープウェイで上るにつけ、湖を見渡す展望が開けてゆく。ここでも印象的だったのは、家がきれいなことだ。日本だと廃材やゴミ、廃車などが倉庫代わりにおいてあるのだが、そういうものがまったくない。
箱庭のような家ばかりだ。ロープウェイの終点は、公園のようになっていて遊歩道が整備されている。あちこちに野生動物が飼育されていた。
鷹匠のショーがー行われていて、しばしそれを見学した。遊歩道は、勾配がかなり急で、ひざの悪い人が苦労して歩いていた。いくつかのルートがあるようだが、われわれは一番ポピュラーなルートだけを歩いて、ブレゲンツの街へ降りた。港でおにぎりを食べた。おにぎりは昨夜作っておいた。
おにぎりのおかずは、スーパーでハムとか湯で卵を買った。鳩がおにぎりの味を覚えて、いつまでもついばんでいた。駐車場の時間があるので、アイスクリームを食べて、車に戻った。ドイツをドライブして、ドルンビルンに向かった。
ドルンビルンでもロープウェイを見つけそれに乗った。今日はロープウェイ日和だった。ドルンビルンのロープウェイの頂上駅はレストランだった。多くの客がテラスにいて、中にアコーディオンを弾きながら歌を歌っているグループがいた。
女の子たちとコーヒーを飲みながら、しばしヨーロッパを味わった。私の観光は今日で終わり、明日はジャッジングセミナー。女の子たちは、チューリヒへ出かけるそうだ。
2009AWC 3
ユースにはさまざまなのがあるようだ。このユースはひどかった。チェックインの際に、朝食付きに変更したが、翌朝後悔した。昔の建物をユースにしているようで、外観は興味ぶかかったが、部屋は狭かった。
女の子たちは3人で4人部屋、私は一人で2人部屋を使ったが、ベットが段なのでそれぞれ4人部屋2人部屋だが、実質、二人部屋一人部屋で、二人部屋でも日本のビジネスより狭かった。ベッドメイクをしていると、空中にホコリがたたずんでいるのが見えた。部屋にはかがみも時計も無かった。
画像の男性はシチリア出身といっていた。ここの常連のようで、湯がいたジャガイモをつぶしたものしか食べなかった。タトーの人が徘徊し、廊下にはタオルやパンツなど洗濯物がかけられていた。
ユースには、相部屋用の部屋があり、そこに何人かが泊まり、夜中まで出入りしていた。客が何人いるかはわからなかったが、このユースの切り盛りは基本的に一人の人間が行っていた。部屋にはコンセントがあったが、携帯の充電はできたが、ノートを使うには電圧が足りなかった。
朝食は、質素だった。お米や、インスタントラーメンなどを持っていったので、これなら朝飯無しにすればよかったと後悔した。
女の子に囲まれているのは、親切な男性だった。ただし、やたら女の子たちを触りまくり、女の子からは変態と呼ばれていた。
この男もイタリア人だったが、もう一人アルマーニと呼ばれているイタリア人もここの常連 のようだった。画像は、リビングルーム、この他にもうひとつダイニングルームがあり、さらに別に食堂と、パンやジュースを並べて部屋があり、寝室以外は広かった。
外のロケーションは良い。
こういう画像を見ると泊まってみたくなる人もいるだろう。 事実、客はチョコチョコ訪れた。ここらあたりは、ハイキングのメッカのようで、リュックを担いだ人が多く来た。
ユースのいいところは、自分で調理できることだ。キッチンに使用制限は無く、好きなときに湯を沸かしてよくコーヒーを飲んだ。朝一、5時ごろにキッチンに行き、家に電話するのが日課となった。
二日目の夜と、四日目の夜に自分たちで料理を作って食べた。変態おじさんや、ポテトしか食べない男とは、キッチンでよく一緒になった。
目論見が外れたことがある。オーストリア滞在中、ネットがほとんど使えなかったことだ。ユースには、有料のPCがあり、1ユーロで20分使用できた。ただし、このPCには日本語フォントがインストールされておらず、日本語の表示はすべて文字化けした。
当然使えると思っていた高級ホテルも、とんでもない利用料がかかることがわかり、使用を断念した。例年のことであるが、大会会場では無線LANを使用できるようにしてあり、時間に余裕があるときはそれを使った。
今回は、無料で家とテレビ電話できるようにskypeをセットアップをしていただけにとても残念だった。このユースに4泊した。当初は、荷物を残しておくことに不安を感じるようなホテルだったが、住めば都、四日目のチェックアウト時には、名残惜しかった。