家庭犬のトレーニングのしくみ

マドナちゃん
マドナちゃん

ロジカルなトレーニング)不思議なことに犬のトレーニングは、案外ロジカルに進められています。世の中には、犬の目を見て念じれば通じるとする犬のトレーニングもあるようですから、犬のトレーニングがロジカルだとするのは実は大変、不思議な事なのです。そこでここでは、その不思議な、ロジカルな犬のトレーニングを紹介したいと思います。ロジカルな犬のトレーニングは、犬と人とのコミュニケーションをベースに組み立てられています。人と犬とのコミュニケーションをベースに、何が要求されているのか:要求されているのは何なのか「理解」を「犬の頭の中に」作り育て強化していきます。

コミュニケーションの成立)トレーニングにおける人と犬とのコミュニケーションは、次の三つのセクションから構成されています。

第1セクションは「コマンド」、第2セクションは「動作」、そして第3セクションは「褒め」です。第1セクション「コマンド」は、人からのアクションです。コミュニケーションの発端となります。次の「動作」は、それに対する犬のリアクションです。第3セクションは、第2セクションへの肯定です。犬の動作に対して、「それが私の要求したことです」という、人の意思表示となります。

このように、人と犬とのコミュニケーションは、こちらから相手へ、相手からこちらへと交互にアクションを交わすことで成立していきます。それによって犬と人は、お互いの意思が疎通していることを確認します。トレーニングおいてコミュニケーションは、ほとんどの場合、人が発端となりますが、通常の生活では、そうとばかりとは限りません。オシッコがしたいとき、ガリガリ犬舎をかじる犬、あるいは、ワンワン鳴く犬、さらにリードをくわえて持ってくる犬。最初のうちは単なる表現ですが、人の反応によって犬は学習し、自らアクションを起こし、自分の意志を人に伝えようとします。

コハク
コハク

第1セクション「コマンド」)アマチュアの中には、訓練が下手だと思っている人がよくいます。訓練がうまくいかないのは自分が下手なせいだと考えます。通常、下手なことはあまり問題になりません。進歩が遅くなるだけのことです。訓練がうまくいかないのは、コミュニケーションのシステムそのものが成立していないことが多いようです。

コマンドを出す事は、第2セクションの望む動作を引き出すときのように熟練を要求しませんし、第3セクションの褒めるときのようにセンスも必要としません。しかし、この部分に課題のある人が、結構多いようです。そこで問題です。まずタイミング。コマンドはいつ出すべきでしょうか?

1:犬と目と目があったとき

2:犬がよそ見をしているとき

3:犬がハンドラーに十分集中して、余所に気をとられていないとき

4:犬が他の犬や人に気をとられているとき

5:犬が喜んでハンドラーに飛びついているとき(興奮しているとき)

6:犬が落ち着いているとき

これらの回答は、すべて正解ではありません。では、何故、目と目があったときやハンドラーに集中しているときにコマンドを出してはいけないのでしょうか。そういうときにコマンドを出した方が、犬が言うことを聞きやすいのではないでしょうか。この問題について正確な答えを出すためには、何故トレーニングするのかを考えなければなりません。トレーニングの目的は、言うことを聞かすためではなく、理解を作ることです。要求された動作をするのに、犬が動作しやすい状況を作ることが理解の強化にプラスになるでしょうか。また、コマンドを出す前に、動作をしやすい状況を作ること自体が、すでにコミュニケーションのシステムを崩しているおそれもあります。コマンドがあって、動作があって、褒めがあるのです。このシステム(順序)は崩してはいけません。これを崩すと、要求に対する理解を作るのは難しいものになってしまいます。

コマンドは、ハンドラーがして欲しいと思ったそのときに出します。上記の回答にはすべて、「犬が」の主語がついています。コマンドを出すタイミングは、犬の都合ではなく、ハンドラーの都合によって決めるべきです。

カッタ
カッタ

トレーニングチャンス)もう一つ考えなくてはいけないのは、トレーニングチャンスの問題です。座らせていた犬が、余所に気をとられて動きかけました。ハンドラーは犬のそばにいます。黙ってみているべきか?「ノー」と強い口調で注意して、動き出した犬を制止すべきか?もちろん犬を制止してはいけません。犬が動けば(失敗すれば)、トレーニングのまたとないチャンスを得ることができるからです。犬を制止しては、そのトレーニングチャンスを失ってしまいます。ハンドラーは、犬の理解がどのように形成されていくかについて、考えている必要があります。ハンドラーがそばで干渉することは、求めていた動作はしていても、理解の強化や形成にはプラスになりません。

要求)コマンドについて説明する前に、要求についてもう少し明確にしておかなくてはなりません。コマンドは、要求の象徴です。犬に何を要求するか。その要求についてハンドラー自身が正確に理解していなければなりません。「スワレ」「フセ」「タッテ」で、犬に要求するのは姿勢(ポーズ)です。

停座待機をさせるときに「スワレ、マテ」とかける人がいますが、正確には「スワレ」だけです。座っていれば犬は動くことはできません。途中で動いた場合、とがめるのは動いたことではなく「スワレ」の姿勢を変えたことです。脚側行進中の立止の際に、「マテ」をかけることも不正確です。正確には「タッテ」です。立っていれば動くことはできません。座らせて待たす場合に「スワレ、マテ」を言うのは、人間の感覚としては自然です。行進中の立止も「マテ」のコマンドで、望む動作を得ることができるかもしれません。しかし、トレーニングにおいて大切なのは、自分がやりやすいことではなく、「犬にとってわかりやすい」ことです。

単独待機(ご主人様が帰ってくるまで待っている)の訓練の場合、コマンドは「フセ」のほかに「マテ」をかけます。伏せていれば待つことになるので、「フセ」のコマンドで十分に思えますが、単独待機の場合は、待ってさえいれば必ずしも伏せていなくてもいいので「マテ」のコマンドを使います。

「スワレ」のコマンドを、たとえば立っている状態から座るまでの「動作」だと考えている方は多いようです。座るアクションは、要求されたスワレの姿勢をするために必然的に生じる一つの過程にすぎません。招呼「コイ」や脚側「アトエ」は、位置を要求します。その位置を得るための犬のアクションも、犬に要求する動作と考えられている場合が多いようです。不正確な要求を持つことは、トレーニング方法の間違いにつながります。

要求の基本は「犬にとってわかりやすく」です。速く座ることも難しい要求の一つです。往々にしてハンドラーには、犬に速く動作して欲しいと思う事があります。しかし、「速く」という概念は、犬にとっては理解しがたい概念です。緩慢な犬の動作に不満を感じて、叱ったりやり直しをしたりしても、犬は緩慢さが良くないのだとは理解せず、動作そのものを否定されたと受け取ります。速い遅いというようなアナログ的なニュアンスは、犬に理解するのは難しいのです。動作の速さは、犬に習性や習慣として身につけさせるべきことです。犬のトレーニングには、犬に理解を求めるべき事柄と、理解を要求せず、習性や習慣として身につけさせる事とがあります。

コマンドと同時に、電光石火のように反応することを要求するハンドラーも多いようです。コマンドと同時にリードを使います。リードを強制的に用いると、効果がある場合もありますが、熟練を必要とします。アマチュアにはお勧めしません。電光石火のようにコマンドに反応することを犬に要求する必要はありません。風が吹いたら桶屋が儲かる程度のことで、犬は十分に理解することができ、理解ができてきたら、犬は十分に早く答えるようになります。

ジャム
ジャム

第2セクション「動作」)出されたコマンドに対して、要求した動作を犬がすれば、第3セクションの褒めを行ってトレーニングは完結します。もちろん犬は、要求した動作をしません。動作できるなら、そもそもトレーニングはしていません。ハンドラーは犬から要求する動作を引き出さなくてはなりません。要求する動作を犬から引き出すこの部分が、トレーニングの中心的な部分となります。望む動作を犬から引き出す方法は四つあります。偶然、誘導、強制、叱責の四つです。

偶然:登別の熊牧場には、何十頭もの熊が自由に暮らしている大きな放牧場があります。その放牧場の観客席の傍らには、熊まんじゅうが売られていて、観光客は気が向くまま放牧中の熊に投げ与えます。ある時、一頭の熊さんはかゆくなって頭をかきました。すると、熊まんじゅうがたくさん飛んできたのです。熊は、頭をかくと熊まんじゅうがたくさん手にはいることを学習します。熊牧場では、多くの熊が教えられてもできないほどの個性的な芸を披露しています。それはこのように熊が「偶然」覚えたことなのです。

誘導:誘導はよく用いられる方法です。犬の興味を引くようなものを持って上に上げて「スワレ」、下に下げて「フセ」などのように、誘導を用いると望む動作を簡単に引き出すことができます。望む動作を簡単に得ることができる反面、誘導には、それが理解の強化にとっては必ずしも効果的でないという特徴を持っています。あるいはさらに、理解の強化にマイナスになっている場合もあります。訓練競技会において最小減点が誘導動作に与えられるケースは多くあります。ハンドラー自体、知らず知らずに誘導していたり、誘導に依存してしまうのです。

強制:トレーニングにおいて強制は、もっとも効果的な方法です。強制はいやなことを無理にさせる形になります。その、いやなことに対する意識が、強い理解を生み出します。第2セクションでは、犬自身が動くこと(答える)を強く求めます。それは、犬の能動性を如何に引き出すかにかかってきます。強制がトレーニングにおいて効果的なのは、誘導とは対照的に、犬の能動性を強く引き出すからです。強制のいい形を見つける事が、トレーニングを効果的に進める大きなポイントになります。

叱責:叱責は、理解を育てるよりも、理解を強化するために用いられます。例えば、三つ数える間、待てるようになったら、次は数えるのを四つにします。四つでもできたら五つにします。次は六つです。トレーニングの初期はこのように、階段を上るように、順序を追って難度を高くし、犬が失敗しないように配慮します。しかし、トレーニングのある時期には、10待てた犬にいきなり20待つことを要求します。犬は12,3なら待てるかもしれませんが、20までは待てません。動いて(失敗して)しまいます。叱って要求されているのは何なのかの理解の強化をはかるため、わざと失敗をセッティングするのです。

子供の頃のチャッチャ
子供の頃のチャッチャ

第2セクションは「犬」が答える(アクションする)べき部分です。ハンドラーは、あの手この手を用いて、犬から望む動作を引き出そうとします。その局面に応じて、どの方法を用いるのがもっとも効果的か。あるいはどのような頻度で失敗をセットするかなどは、熟練を必要とします。

第3セクション「褒め」)褒めることは、多くのアマチュアにとって容易ではありません。褒めることは答えることと同じです。言語の違う人と話をすることを想像してみてください。望む答えが得られたら(こちらの思いが通じたら)、「そうです!そうです!」「ソレソレ!」など、大きな声とジェスチャーで肯定します。この表現とトレーニングにおける褒めはまったく同じです。言葉の通じない犬と話が通じたのですから、同じように肯定をジェスチャーするのです。

こちらの褒めが犬に通じたかどうかを判定する大きな象徴が、多くの犬にはついています。しっぽです。人が答えてくれたのがわかると多くの場合犬は、尾を振ります。犬が尾を振るようにハンドラーが動きまわることは往々にして褒めることになっています。

撫でることを褒めることだと思っている人も多いようです。撫でることは褒めの一つには違いありませんが、宥める意味合いが強く、叱ったあとなどにはいいですが、撫でるだけで明るい表現を作り出すのは難しいことです。

解放)褒めているうちに犬はテンションがあがり喜び出します。ハンドラーはできるだけテンションをあげるべきです。上手な褒めとは、そのテンションがあがったピークの状態を、一瞬にして作り出すことです。

熟練したハンドラーは、トレーニング中に犬が受けるストレスについて、常に気を配っています。褒めることとは別にトレーニングの過程でハンドラーは、ある程度の頻度で犬を解放すべきです。解放する場合は、褒めた後に解放します。解放は、ストレスを解消し、作業(コミュニケーション)に対する犬の意欲を引き出します。ボールやおもちゃの好きな犬は、それを与えることによって容易に解放状態を作り出すことができます。

以上のように犬のトレーニングは、コミュニケーションをベースに進められ、案外ロジカルに構成されています。それはすべて、犬が理解し易いようにとの配慮からです。犬にとってできるだけシンプルに、「肯定」か「否定」のように、1か0かというようにデジタルに構成されるべきです。そしてアナログな部分は、理解を求めず誘導を使って習慣として処理するようにします。そうすることによって、犬に理解しにくい要求をしないようにします

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