テス

アイちゃん

 目の前に座られて、じっと見つめられて、尾を振られると、 たいていの人はアイちゃんを撫でる。 それにひきかえ、自分からテスの傍に寄ろうとする人はまずいない。

テス

 テスは13才の老セントバーナード、育てかたが悪かったのか、足が大きく湾曲している。目は見えているのかいないのか、こちらからみえるのは、ほとんどひっくり返った赤い下まぶただけである、そのせいかテスに表情はほとんど無い。いつもよだれをたらし、顔を下に下げて上目使いに世の中を見ている。耳もほとんど聞こえないようだ、音に反応しない。こちらの表情によって目の輝きが変わるアイちゃんとは対象的に、テスからこちらに対する反応を読み取る事は非常に難しい。それが理性の限界を感じさせるのか、人はテスを避ける。傲慢ではないが、人に無頓着である、若い頃は狂暴でもあった。あの犬だけは触りたくない、前に居た訓練士の卵はそう言った。

「最近腰が悪くなって、ほとんど立って歩けないんです。」
そう言って、飼い主はテスを置いていった。足が曲がっているので以前から歩くのは不自由だった、年老いて更に悪くなったのか。散歩に出してみると、行く時は割合歩くが帰りはすぐへたり込んでしまう。どうやら腰は兎も角、頭の回路は正常のようだ。
しかし、へたり込むと始末が悪い、引きずるわけにもいかず、といって起き上がるまで待っていたのでは仕事に響く、困った。

 シェパードの小犬が3匹いて、いつも少しの間だけ犬舎からだして、自由にしてやる、テスも一緒に出す。小犬は無邪気である、恐れることなくテスに近づき、じゃれ、走りまわる。テスも小犬が気に入ったようで、噛んだりしないでその後を追いかける、思うように追い付けないが、散歩替りに丁度良い。毎日これでいこうと思ったが、どうやらテスの気持ちとは裏腹に、その大きな足はたまに小犬を踏んづける。

 テスの散歩は行く時だけ付き合う事にした。行けるところまで連れて行って、テスを放して私は先に帰る。テスは匂いを嗅いだり、お疾呼をしたり、好きな事をしながら気ままに帰ってくる。帰ってくると、小犬の犬舎の回りをうろうろしたり、金網越しに出来るだけ小犬にくっついて寝たりしている。

 テスは今寝ている。寝ると醜い目が閉じられるのであどけない顔になる。この顔なら誰かに撫でてもらえそうだ。

                      U人

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