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空沼遭難

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 遥か上の方で誰かが呼んでいる。私は答えない。その呼び声がだんだん近づいてきて、私は目覚めた。夜中の(私にとって)12時半。誰だ?こんな夜中に。電話のベルをそのままにして、誰か考える。どうせ酔っぱらった友人の誰かだろう。電話に、知らんふりを決め込み又眠る。そのうち、電話は鳴り止んだ。もう一度鳴ったとき、電話をとる。
 兼古先生の奥さんから、子供の同級生が空沼で遭難して、明日朝5時から父兄で捜索を開始するので協力して欲しいとのこと。そういえば、昨夜のニュースでやっていた。登山学習に出かけた生徒の一人が行方不明。その生徒一人が風邪気味で遅れがちだったらしい。 確か夜まで捜索していたはずだが、まだ見つからないのか。奥さんの話では、消防や警察は3時半から捜索を開始するという、犬はその前に入れるべきなので、2時半には現場に到着しなければならない。この時期3時には薄明るくなる、活動は出来る。その為には1時半には起きなくては、、、。5万図を捜すが丁度「石山」だけ欠けている。肝心の時に。山のガイド本で現場の状況を把握し、装備を考える。現場は札幌近郊の低山、軽い装備で大丈夫なはずである。動き易さを優先して、最低限の装備しか用意しないことにする。目覚ましをセットして眠る。
 現場に着いたのは、2時半。学校の大型バスが入り口に止まっている。警察はまだきておらず、消防の人たちが多い。報道関係者はいない。指揮本部に顔を出す。先生らしき人たちが、指揮本部の横にテントを張っている。恐らく不眠だったろう。消防の責任者と話をし、道案内にこのあたりの地理に詳しい営林署の人を1名、それに連絡係として無線を持った消防の若い人1名を付けてもらう。3時15分、捜索隊に先行して犬を入れる。犬はバーバ。
 行方不明の生徒は山口君。昨日の昼食後の1時頃が山口君の姿を確認した最後。昼食をとって下山途中、山口君が最後尾にいたらしい。他の生徒の二人組が何かの用事で、「万計沼まで1.3キロ」という標識まで引き返し、その途中で山口君とすれ違っている。その後、二人組の生徒は「万計沼まで1.9キロ」という標識までに生徒の集団に追いついている。二人組の生徒は帰りは山口君に行き会っていない。二人組は山口君は先に行ったと考えたという。山を下りて山口君の不在が確認された。当然山口君は「万計沼まで1.3キロ」地点から「万計沼まで1.9キロ」地点の間で道を間違ったのだろう。夕方まで先生達が捜索し、更に6時からは消防の人たちも加わって捜索する。手がかりは一切無し。

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 3時15分出発。まだ薄暗い。サポートの消防の人が親切で灯してくれる懐中電灯の光が余計である。目は暗闇にすぐ慣れる。強い光は無い方が良い。
 バーバを先行させる。残念ながら空気は微動だにしていない、無風である。捜索には空気が動いていた方が都合がよい。登山道は明確である。迷いようがないほどに明確である。 周りの木は札幌近郊にしては珍しく、完全な原生林である。登山道の両側は笹が茂り、犬さえ入り込みづらい。幸いなことに、サポートに付けてもらった二人は遅れがちである。 犬の神経を邪魔されなくて済む。
 右側の下の沢に対してバーバの尾が動く。捜索に入ってはじめての反応。5メートルほど下の沢の手前の木の枝に白い手ぬぐいが引っかかっている。この地点が丁度「万計沼まで1.3キロ」と「万計沼まで1.9キロ」の間。この時点で捜索の向きを沢沿いに変えていれば、簡単に山口君を発見できたのだが、、。手ぬぐいを回収して、その地点の上の木の枝に縛っておく。サポートの人たちと相談して、万計沼まで行くことにする。万計沼には4時40分に到着。二つある小屋の一つに、偶然の登山者が泊まっていて、ラジオで事件を知っていたが山口君には行き会っていなかった。引き返す。
 バーバの体力がない。これは山歩きに不慣れな犬には仕方のないことだが、鍛錬が足りない。私は歩くのが商売である。犬の散歩や訓練で毎日歩いている。多いときには1日で4万歩歩く。しかも、渓流釣りが趣味なので山歩きや沢歩きは慣れている。重いリュックを背負って泊まりながら源流に入る。前にアップしたように、山歩きに慣れてない犬は、 途中でへたばり、担いでやらなければならなくなる事もある。バーバも今後、救助犬としてどんどん使っていくためには、釣りに一緒に連れ歩いてもう少し鍛える必要がある。
 途中、沢に向かって斜め下に丸木が倒れている。バーバは丸木の上を歩いてこともなげに沢に降りる。ここには何もなかったが、丸木を歩くことは普通の犬には難しい。これはアジリティーやハシゴ登りで訓練してあるからだろう。
 反応があったのは後2回。いずれも、人糞であった。
 途中、道警の救助犬とすれ違う。やはり、人からの干渉を避けて捜索隊から先行してきていた。その後、警察の人や、消防、自衛隊、父兄や先生とおぼしき人とすれ違って帰る。 6時半指揮本部に到着し、一旦訓練所に帰ることにする。バーバはかなりへばっている。

   3
 疲れ切ったバーバを休ませ、こちらも朝飯を食べて休息する。捜索の様子を見て、まだ見つからないようなら、午後1時又犬を入れる事にする。それまで見つからないようなら、かなり広範囲を捜さなくてはいけないだろう。少しでも手が欲しいので、警察犬のアイちゃんも出すことにし、救助犬の訓練途中のハナとビビにも手伝ってもらうよう電話で頼む。 1時出発で現地で待ち合わすことにする。
 現場を再検討する。迷い様のない様な山道。現地で一緒に仕事をした消防や警察の人は、 「トイレに行って迷ったのではないか」との見解だった。実際後になってみるとそのとおりだったようである。しかしこの時点ではそれは分からない。山道と平行して林道が走っている。更に山道の横にくっついたり離れたりして沢が二本流れている。午後からは、4組の犬を投入できる。沢歩きに慣れた私とアイちゃんが太い沢をしたから登る。後は女性ばかりの3組。私はネットも虫よけも持っているが、現場はブヨや薮蚊がひどい。長井さんはバーバと再度山道。新倉さんとハナは林道沿いを、佐々木さんとビビにはもう一つの沢沿いを登ることにする。
  HBC(テレビ局)から、救助犬と警察犬に関する取材の申込みを受けていて、それが丁度この日だったので救助を優先させたいと断った。それなら、救助に出動する様子を撮りたいと言ってきて、邪魔しないことを条件に了解する。が、彼らは1時出動だというのに、早くも10時半にやってきた。仕方がないので、出動させないトミーで救助犬の仕事と警察犬の仕事の違いを見せることにする。結局これが出発を遅らせることになってしまう。
 現地到着は2時15分。再度の犬投入の打ち合わせに、指揮本部と相談をはじめたところで道警のヘリから山口君発見の連絡が入る。山口君が発見されたのは、私とアイちゃんを投入する予定の沢であった。