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第1回セラピードッグ認定試験

セラピー認定試験について

このところ、少しずつ知られるようになったものにセラピー犬があります。犬との接触が、人の血圧を安定させるなどの病理的効果や、精神的なケアには時として顕著な効果を上げることが知られてきており、施設などの慰問を通じて、痴呆症の予防や治療に効果を上げております。セラピー犬にはこの様な効果がありますが、このように書くとあたかもセラピー犬が老人と接触させるだけで魔法のように老人を治すように受け取られるかもしれませんが、決してそうではありません。そのような効果もないわけではありませんが、そのセラピードッグを連れて老人と対応する、その犬のハンドラーの働きが重要です。「おばあちゃん元気?」「変わり無かった?」ハンドラーは、犬を代弁するように老人との対話を作ります。この対話での心のふれ合いが、とかく、閉鎖的になりがちな老人の社会性を向上させたり、社会とのつながりを保ちます。じゃ、ハンドラーだけでよいのではないかと思いますが、人には、なかなか心を開きません。ここにセラピードッグの存在意義があります。そして、慰問を心から喜ぶ、老人の笑顔や、慰問に涙する姿は、そのセラピー犬のハンドラーの大きな心の支えとなります。

このセラピー犬の認定試験を北海道ではじめて行いました。(あるいは、日本ではじめてかも知れません。)会員以外には案内を出してないにもかかわらず、40頭もの参加申込を得ました。昨年行った救助犬の認定試験が、訓練士にハッパをかけて20頭弱だったのと較べますと、予想外の数で、セラピードッグに対する関心の高さをうかがわせます。同時に一般愛犬家が求めているものが、今どこにあるのかも考えさせられました。参加者の顔ぶれは極めて新鮮です。ドッグショーや訓練競技、あるいはアジリティーなどのドッグスポーツでいつも目にする顔ぶれとは全く違います。別の層です。この層にかなりの数の愛犬が埋もれていることでしょう。愛犬団体もこれらの人々の救済にそろそろ本腰を入れる時期が来たのではないでしょうか。

さて、試験の様相です。「セラピー犬にとって最も重要なことは何か?」この試験のテーマでした。それは、いかなる場合であっても、肉体的あるいは精神的なダメージを対象とする人々に一切与えないということです。せっかく心を開いて接触に応じた人に対して、犬が敵対的な態度をとっては致命的な障害を与えかねません。テストは「A犬体検査」「B対人性のテスト」「Cマナーテスト」の三つにわけて行いましたが、すべてのテストの過程を通して「咬む、うなる、吠え出す」事があった場合は、即時中止としました。

「A犬体検査」は、人間に対する衛生的な影響を中心にテストしました。1「清潔」良く手入れされているか。排泄物などの付着はないか。2「臭気」体臭、口臭、耳。3「手入れ」抜け毛の有無。4「外部寄生虫」ノミ、シラミ、皮膚病。5「内部寄生虫」検便サンプリングです。詳細は省きますが、顕著な問題を持った犬はいませんでした。この検査では、その過程で犬の体に対する執拗な接触を伴いますので、次の「B対人性のテスト」の一部はこの検査を持って省略しました。

「B対人性のテスト」は、実際に起きるであろう事態をシュミレーションして、犬の反応を検査しました。但し検査は、犬に悪影響を残すおそれのない範囲にとどめられます。1「全身に対するスキンシップ」見知らぬ人が犬の体を触る。耳を軽くつかむ。口の中に指を入れる。尾および足を軽く踏む。(A犬体検査時に行った。)2「強い、又は不器用な撫で方に対する反応」犬の体を揺する。犬の背を強く撫でる。3「束縛に対する反応」犬を抱きしめる。あるいは抱え込む。4「車椅子の接近」声を出したり、モーションを使って、充分に意識づけながら車椅子で犬に接近する。車椅子には老人を模した人が乗る。(Cマナーテスト時に行った。)5「威嚇的な叫びに対する反応」ある程度離れた距離で、威嚇的なモーションを伴って大きな声を出す。6「背面からのぶつかりに対する反応」犬に分からないように背面から接近し、軽くぶつかる。7「多人数から撫でられたときの反応」3人以上で友好的に犬を撫でる。8「飼い主からの別離」ハンドラーの見えない位置まで見知らぬ人が犬を連れていく。もしくは見知らぬ人にリードを預けて、ハンドラーが犬の視界から消える。(Cマナーテスト時に行った。)「A犬体検査」「B対人性のテスト」を通じて中止となった犬は1頭でした。

「Cマナーテスト」(テストは紐付き)は、犬の持つ潜在的な攻撃性についての評価を得ることを中心として行いました。上記の二つのテストで問題無しとされた犬が、このテストで2頭、不適格と判定されましたので、それはある程度は効果があったと思われます。が、同時に評価しきれない犬も2頭出ました。その2頭は再検査としましたが、検査方法についてはさらに考慮の余地があるようです。

犬の持つ潜在的な攻撃性をどう評価するか、それは潜在的な攻撃性をどう引き出すかということです。これについては先ず、本質検査というテストを行いました。この検査を行うには、犬に対する充分な理解が要求されます。恐らく熟練した犬の訓練士しか出来ないでしょう。例えば、ある程度攻撃性のある犬でも、人混みの中に入れられたり、不慣れな環境では、人に対する意識が、散漫になるためか攻撃性は発現しません。本質検査では、一つの閉ざされた区域の中にハンドラーと犬を隔離して一定時間置き、ハンドラーと犬が一つの空間を占拠するという状況を設定しました。

そこにハンドラーと犬しかいないということを犬が意識された頃、その空間に試験官が侵入します。試験官は、犬の意識を充分に自分に集めてから「恐る恐る」という態度で、接近や停止、後ずさりを充分な間を持って繰り返します。ただし、一定の距離以上には犬に近づきません。犬の警戒心を刺激して防衛訓練をはじめる、初期の段階のような動きです。警戒心の強い犬なら、恐らく吠えるでしょう。また、警戒心の少ない犬も、「怪訝」な気持ちを抱くことでしょう。その「怪訝」な気持ちが生じたところで試験官は、犬を触れるところまで接近します。この瞬間に、犬の本質は極めて顕著に現れます。試験官を抵抗無く受け入れる犬。喜ぶ犬。後ずさりする犬。不安そうに嗅ぐ犬。うなり、ハンドラーの後ろに隠れる犬。無関心の犬。端的に言って三つに別れたようです。「逃げる(避ける)」「無視(無関心)」「友好的」です。

次に行った「車椅子での接近」も同じ手法を用いました。ただし、車椅子の場合に問題とされるのは、対人性ではなく車椅子という「物体」に対する反応です。車椅子の接近では、最終段階では車椅子上の人間は犬に声をかけるようにして、刺激をやわらげます。人よりも車椅子の方に不安を示す犬が、2、3いました。

本質検査では、「人類」に対する犬の裸の気持ちが出たように思います。いわゆる「根(ね)」です。これは、マナーテストの最後に行われた「別離のテスト」でも現れました。主人がいなくなり不安を示すもの、そばにいる試験官に依存しようとする犬。すべてが眼中から無くなり鳴き出す犬。静かに待つ犬。主人の不在を気にしつつも試験官の接触に対応できる犬、、、

今回時間の都合で、若干しかテストできませんでしたが、オーナーの車の中とか馴れたゲージの中、すなわちテリトリー内における犬の態度はもう少しみたい気がしました。3つのテストで問題の無かった犬1頭を、ゲージの中であまりに攻撃的なため不適格としました

 セラピー犬にとって「咬む、唸る、吠え出す」事は絶対あってはいけないことです。そしてそれらは、充分なしつけや訓練によって得られるかも知れません。しかし、もう一歩進んで、「人」そのものに対する友好性、見知らぬ人であっても喜ぶ気持ち、となると犬の本質的なもののような気がします。「咬む、唸る、吠え出す」事はあってはなりませんが、それだけで本当にセラピー犬としてふさわしいと言えるか。更に誰に対してもフレンドリーな気持ちを持てること、これが大切ではないかという気が、今回のテストを通じて私はしました。施設の慰問に際しては、犬に相当のストレスがかかりますが、その点からも根っから人に対してフレンドリーな犬の方がセラピー犬には向くような気がしました。

「Cマナーテスト」の内容。1「歩行」ハンドラーと一緒に、人のいる屋内を静かに歩く。2「服従」スワレ、フセ、および3分間の休止(ハンドラーは犬の見えないところに行く)。3「犬に対する態度」他の犬に対する態度。4「品性検査」警戒心と判断力の検査。