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ドッグスクール・ゆうじんの校長 U人先生 最近私は、自分がよほど欲張りなのに気が付きました。足は一つしかないのに、スキーを4本も持ってます。腕は一つしかないのに、フライロッドは5本もあります。断捨離に励みます。

第1回セラピードッグ認定試験

セラピー認定試験について

このところ、少しずつ知られるようになったものにセラピー犬があります。犬との接触が、人の血圧を安定させるなどの病理的効果や、精神的なケアには時として顕著な効果を上げることが知られてきており、施設などの慰問を通じて、痴呆症の予防や治療に効果を上げております。セラピー犬にはこの様な効果がありますが、このように書くとあたかもセラピー犬が老人と接触させるだけで魔法のように老人を治すように受け取られるかもしれませんが、決してそうではありません。そのような効果もないわけではありませんが、そのセラピードッグを連れて老人と対応する、その犬のハンドラーの働きが重要です。「おばあちゃん元気?」「変わり無かった?」ハンドラーは、犬を代弁するように老人との対話を作ります。この対話での心のふれ合いが、とかく、閉鎖的になりがちな老人の社会性を向上させたり、社会とのつながりを保ちます。じゃ、ハンドラーだけでよいのではないかと思いますが、人には、なかなか心を開きません。ここにセラピードッグの存在意義があります。そして、慰問を心から喜ぶ、老人の笑顔や、慰問に涙する姿は、そのセラピー犬のハンドラーの大きな心の支えとなります。

このセラピー犬の認定試験を北海道ではじめて行いました。(あるいは、日本ではじめてかも知れません。)会員以外には案内を出してないにもかかわらず、40頭もの参加申込を得ました。昨年行った救助犬の認定試験が、訓練士にハッパをかけて20頭弱だったのと較べますと、予想外の数で、セラピードッグに対する関心の高さをうかがわせます。同時に一般愛犬家が求めているものが、今どこにあるのかも考えさせられました。参加者の顔ぶれは極めて新鮮です。ドッグショーや訓練競技、あるいはアジリティーなどのドッグスポーツでいつも目にする顔ぶれとは全く違います。別の層です。この層にかなりの数の愛犬が埋もれていることでしょう。愛犬団体もこれらの人々の救済にそろそろ本腰を入れる時期が来たのではないでしょうか。

さて、試験の様相です。「セラピー犬にとって最も重要なことは何か?」この試験のテーマでした。それは、いかなる場合であっても、肉体的あるいは精神的なダメージを対象とする人々に一切与えないということです。せっかく心を開いて接触に応じた人に対して、犬が敵対的な態度をとっては致命的な障害を与えかねません。テストは「A犬体検査」「B対人性のテスト」「Cマナーテスト」の三つにわけて行いましたが、すべてのテストの過程を通して「咬む、うなる、吠え出す」事があった場合は、即時中止としました。

「A犬体検査」は、人間に対する衛生的な影響を中心にテストしました。1「清潔」良く手入れされているか。排泄物などの付着はないか。2「臭気」体臭、口臭、耳。3「手入れ」抜け毛の有無。4「外部寄生虫」ノミ、シラミ、皮膚病。5「内部寄生虫」検便サンプリングです。詳細は省きますが、顕著な問題を持った犬はいませんでした。この検査では、その過程で犬の体に対する執拗な接触を伴いますので、次の「B対人性のテスト」の一部はこの検査を持って省略しました。

「B対人性のテスト」は、実際に起きるであろう事態をシュミレーションして、犬の反応を検査しました。但し検査は、犬に悪影響を残すおそれのない範囲にとどめられます。1「全身に対するスキンシップ」見知らぬ人が犬の体を触る。耳を軽くつかむ。口の中に指を入れる。尾および足を軽く踏む。(A犬体検査時に行った。)2「強い、又は不器用な撫で方に対する反応」犬の体を揺する。犬の背を強く撫でる。3「束縛に対する反応」犬を抱きしめる。あるいは抱え込む。4「車椅子の接近」声を出したり、モーションを使って、充分に意識づけながら車椅子で犬に接近する。車椅子には老人を模した人が乗る。(Cマナーテスト時に行った。)5「威嚇的な叫びに対する反応」ある程度離れた距離で、威嚇的なモーションを伴って大きな声を出す。6「背面からのぶつかりに対する反応」犬に分からないように背面から接近し、軽くぶつかる。7「多人数から撫でられたときの反応」3人以上で友好的に犬を撫でる。8「飼い主からの別離」ハンドラーの見えない位置まで見知らぬ人が犬を連れていく。もしくは見知らぬ人にリードを預けて、ハンドラーが犬の視界から消える。(Cマナーテスト時に行った。)「A犬体検査」「B対人性のテスト」を通じて中止となった犬は1頭でした。

「Cマナーテスト」(テストは紐付き)は、犬の持つ潜在的な攻撃性についての評価を得ることを中心として行いました。上記の二つのテストで問題無しとされた犬が、このテストで2頭、不適格と判定されましたので、それはある程度は効果があったと思われます。が、同時に評価しきれない犬も2頭出ました。その2頭は再検査としましたが、検査方法についてはさらに考慮の余地があるようです。

犬の持つ潜在的な攻撃性をどう評価するか、それは潜在的な攻撃性をどう引き出すかということです。これについては先ず、本質検査というテストを行いました。この検査を行うには、犬に対する充分な理解が要求されます。恐らく熟練した犬の訓練士しか出来ないでしょう。例えば、ある程度攻撃性のある犬でも、人混みの中に入れられたり、不慣れな環境では、人に対する意識が、散漫になるためか攻撃性は発現しません。本質検査では、一つの閉ざされた区域の中にハンドラーと犬を隔離して一定時間置き、ハンドラーと犬が一つの空間を占拠するという状況を設定しました。

そこにハンドラーと犬しかいないということを犬が意識された頃、その空間に試験官が侵入します。試験官は、犬の意識を充分に自分に集めてから「恐る恐る」という態度で、接近や停止、後ずさりを充分な間を持って繰り返します。ただし、一定の距離以上には犬に近づきません。犬の警戒心を刺激して防衛訓練をはじめる、初期の段階のような動きです。警戒心の強い犬なら、恐らく吠えるでしょう。また、警戒心の少ない犬も、「怪訝」な気持ちを抱くことでしょう。その「怪訝」な気持ちが生じたところで試験官は、犬を触れるところまで接近します。この瞬間に、犬の本質は極めて顕著に現れます。試験官を抵抗無く受け入れる犬。喜ぶ犬。後ずさりする犬。不安そうに嗅ぐ犬。うなり、ハンドラーの後ろに隠れる犬。無関心の犬。端的に言って三つに別れたようです。「逃げる(避ける)」「無視(無関心)」「友好的」です。

次に行った「車椅子での接近」も同じ手法を用いました。ただし、車椅子の場合に問題とされるのは、対人性ではなく車椅子という「物体」に対する反応です。車椅子の接近では、最終段階では車椅子上の人間は犬に声をかけるようにして、刺激をやわらげます。人よりも車椅子の方に不安を示す犬が、2、3いました。

本質検査では、「人類」に対する犬の裸の気持ちが出たように思います。いわゆる「根(ね)」です。これは、マナーテストの最後に行われた「別離のテスト」でも現れました。主人がいなくなり不安を示すもの、そばにいる試験官に依存しようとする犬。すべてが眼中から無くなり鳴き出す犬。静かに待つ犬。主人の不在を気にしつつも試験官の接触に対応できる犬、、、

今回時間の都合で、若干しかテストできませんでしたが、オーナーの車の中とか馴れたゲージの中、すなわちテリトリー内における犬の態度はもう少しみたい気がしました。3つのテストで問題の無かった犬1頭を、ゲージの中であまりに攻撃的なため不適格としました

 セラピー犬にとって「咬む、唸る、吠え出す」事は絶対あってはいけないことです。そしてそれらは、充分なしつけや訓練によって得られるかも知れません。しかし、もう一歩進んで、「人」そのものに対する友好性、見知らぬ人であっても喜ぶ気持ち、となると犬の本質的なもののような気がします。「咬む、唸る、吠え出す」事はあってはなりませんが、それだけで本当にセラピー犬としてふさわしいと言えるか。更に誰に対してもフレンドリーな気持ちを持てること、これが大切ではないかという気が、今回のテストを通じて私はしました。施設の慰問に際しては、犬に相当のストレスがかかりますが、その点からも根っから人に対してフレンドリーな犬の方がセラピー犬には向くような気がしました。

「Cマナーテスト」の内容。1「歩行」ハンドラーと一緒に、人のいる屋内を静かに歩く。2「服従」スワレ、フセ、および3分間の休止(ハンドラーは犬の見えないところに行く)。3「犬に対する態度」他の犬に対する態度。4「品性検査」警戒心と判断力の検査。

北海道ボランティアドッグの会


北海道ボランティアドッグの会 設立総会

北海道ボランティアドッグの会 設立総会議事録

とき  平成八年9月23日(月)秋分の日 午前10時から午後0時
ところ 「光と風の里」(恵庭市)体育館

出席者 柳生 昌男、松本 義一、植田 文子、広内 正彦、新倉 弥生、吉住 憲広、三田 哲也、清水 磨理、小山 信雄、椋野 輝之、本多 弘幸、浅岡 賢一、大沼 由二、田中 哲夫、山口 史雄、後藤 丈嗣、北 孝、長谷川 智子、大沢 久枝、米田 英二、前山 鉄幸、嘉瀬 雄平、岩間 信吉、笛田 玲子、寺田 時雄、中川 洋治、兼古 悟、村上 広美、中村 紀子 以上29名。
委任状参加者 林 昌子、藤田 恵子、湊 毅、佐藤 芳子、田中 路子、後藤 篤雄、米田 英二、田村 大助、古田 かおり、加藤 辰也、秋本 勝美、高田 雄二、松本 克生、庄司 幸一、大久保 紀美子、玉木 祥夫、五十嵐 作雄、小野寺 里絵、鈴木 ゆり、佐々木 政太郎、池戸 一、野沢 利秋 以上22名。
オブザーバー 山田 三郎(救助犬審査員)
設立総会時会員数62名 出席者29名、委任状出席者22名合計51名 総会成立。

総会経緯
1・開会宣言 発起人代表 柳生 昌男が開会を宣言する。
2・議長選出 指名により柳生 昌男が議長となる。
3・議事録署名人選出 議長一任により植田 文子、広内 正彦を選出する。
4・議案についての審議

定款の承認 第6条 「本会の入会に際しては、理事の推薦もしくは理事会の承認を必要とする。」が「本会の入会に際しては、理事会の承認を必要とする。」に修正される。第10条「正会員は、その名称、住所などに変更があった場合は、速やかに本会にその旨を届けなければならない。」が、「正会員は、その氏名、住所などに変更があった場合は、速やかに本会にその旨を届けなければならない。」に修正される。その他の項目については草案通りに承認される。

役員選出 推薦により、以下の者が役員に選出され、承認される。
理事  柳生 昌男、松本 義一、広内 正彦、新倉 弥生、秋本 勝美、高田 雄二、兼古 悟、天内 満雄、小山 信雄、大沼 由二、牧 十郎、
前山 鉄幸、椋野 輝之 以上13名
監事  本多 弘幸、大沢 久枝、北 孝 以上3名
会計  植田 文子
編集局 三田 哲也
事務局 柳生 昌男

事業計画 予算案
1 セラピードッグ登録・・・至急登録を実施する。その詳細はサラピードッグ委員会に一任される。
2 救助犬認定試験の開催・・・日時11月3日4日開催にむけて準備する。詳細は救助犬委員会に一任。
3 会報の発行・・・承認される。
4 会員、ハンドラーの保険・・・承認される。
会の案内誌の作成・・・早急に作成のこと承認される。
捨て犬の保護をする活動をしてはどうかという提案がされる。活動範囲が広くなり過ぎると言うことで見送り。
予算案が草案通りに承認される。
5 オブザーバー挨拶 山田 三郎氏から救助犬認定試験の実施要領及び必要な訓練が紹介される。 設立総会閉会

雌阿寒岳遭難


 午前7時。すさまじい音をあげて風が吹き上げてくる。尾根の右側の斜面は、もろく崩れそうな縁から垂直に近い勾配で、涌きあがってくるガスの中に消えていて、吸い込まれそうだ。もちろん、吸い込まれたら永遠の別れである。バーバは無造作にその縁に立ち、私は強風に煽られながら、ロープを頼りに、もう一息の頂上を目指していた。
 前日午後8時。雌阿寒岳に登った人の遭難をニュースで知る。ガイドブックから、雌阿寒岳周辺の地形を調べる。足寄消防署、現場の本別警察署の係官、本別警察署等に、遭難時のようすと、捜索の状況を問い合わせる。明朝午前6時捜索開始ということで、今から現地に行けばその前に犬を投入できる。明日は救助犬訓練の取材がテレビ局から入っていたが、それは他の人に任せよう。友人で山歩きの達者なマスターから同行のOKをとり、現地の担当者から救助犬のボランティアでの捜索参加の了解を受ける。出発は午後9時、犬はバーバとマスターの黒ラブ、ロック。
 午前5時半。着いたのは2時だった。車の中で仮眠をして、関係者の起きてくるのを待った。昨夜電話で状況を教えてくれた、本別警察の担当者が一番に起きてきた。遭難の状況と捜索の状況を詳しく聞く。
 行方不明になっているのは、遠軽に住む61才の男性O氏。O氏は一昨日(3日)10時半、愛犬「太郎」(10才のアイヌ犬)を伴って単独で雌阿寒岳を目指す。相前後して、同年輩のご夫婦がやはり雌阿寒岳に登っている。当日は朝から雨で、この夫婦は旅館の主人が引き留めるのを振り切って、登って雨に濡れて這々の体で帰ってきたという。この夫婦が2合目あたりでO氏を確認している。更に別の人が13時30分頃、7合目あたりを上に向かって歩いていたO氏とすれ違っている。O氏を確認したのはこれが最後である。
 登山簿の下山時間午後4時という記載から、当初関係者はその時間に下山したものと考えて捜索をしなかった。しかし、それは実際の下山時間ではなく予定時間ではないかという事になり、家族の要請もあって捜索が始まったらしい。4日、登山道の周辺を中心に捜索され、更に午後からヘリによって雌阿寒岳頂上一帯が捜索された。それをふまえ担当係官は、本人の性格、行動力から考えて登山道周辺がもっとも可能性が高いと話してくれた。それに従って我々も登山道周辺を中心に捜すことにする。午前5時半出発。
雌阿寒岳は子供でも登れる安全な山として知られている。この山での遭難騒ぎは今まで起こっていない。登山道入り口から原生林が続き、2合目ぐらいからハイ松が混ざり始める。3合目からはハイ松だけになり、7合目あたりまでハイ松帯は続く。そこから上はガレ場である。野中温泉からの登山道はそのまま外輪山を回り途中、阿寒湖畔への登山道、阿寒富士へのルート二つの分岐を過ぎて、オンネトーへ降りていく。野中温泉から登ってオンネトーへ降りるか、その逆が一般的なルートのようだ。

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 午前7時半。犬の反応がない。7合目あたりには巨石が点在し、その下にビバークという事も考えられたが、この様子からするとその線は無さそうである。8合目から上は巨石もなくなり、ヘリがくまなく捜しているのでそこから先は捜すことも無さそうだ。頂上目前で我々は引き返す。
 時折雲の切れ間から、国道に沿ってラワンの部落が見える。その国道からオンネトーに入る舗装道路が、偶然一直線に見えている。ハイ松帯が緑の絨毯のように広がり、それを削るように沢が走り、その沢から樹林帯が始まって深く広く見渡す限りそれは続いている。あの樹林帯の中に入り込んでいたら、捜すのは非常に困難である。あるいはハイ松の下に風雨を避けて潜り込んだのか、思いを巡らしながら下る。
 午前8時。6合目まで降りたところで捜索隊とすれ違う。山装備の一見して山屋とわかる男性。この人、田村さんと言って帯広山岳会の人。足の運びが軽い。我々は午後から彼と行動を共にすることになるが、彼はこのあと7合目で強い風に登頂を断念して引き返してきている。
 午前8時半。登山道を横切るようにガレの沢が一本ある。登るより下る方が楽である。遭難者はしばしば目先の楽を取る。捜索の警察官が2名先行しているが、この先今来た登山道を引き返しても捜索隊のニオイで犬は使えないので我々もこのガレを下ることにする。
 沢といっても水はない。大雨や雪代の時だけ水が走るのであろう、石が削られてきれいな丸みを帯びている。途中、水の無いナメ滝や、水の無い釜がある、いずれも落差があり、落ちたら怪我をする。心配したが、ロックもバーバもドジは踏まなかった。
 我々は無線を使っている。捜索の指揮本部とはあらかじめ周波数を決めて、連絡を取り合っている。更にロックの首には無線発信器をつけてある。猟犬用のピー音とマイクのついたものである。私のお尻の受信機から、ロックの呼吸音と足音がピー音に混じり常時聞こえてくる。ロックに向かって話せば、私はそれを聞くことが出来る。こちらからは連絡が出来ない。

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 午前9時。沢の所々にある砂地で足跡を捜す。誰かが歩いている。犬らしい足跡も一つ見る。しかし、続いていない。そのうち、先行している警察官に追いついた。追い越す。
 午前10時。沢に水が出てきた。かなりの落差の滝が3個所あった。いずれも高巻きをしてかわす。3個所目を高巻いたところで、作業道に出る。足跡は確実にあるが、どうやらこれはキノコ採りのようである。やがて作業道は林道に出て、更にその林道は国道からの取り付け道路に通じていた。これで1回戦を終える。
 風が強い。雌阿寒岳の山頂を巻き込むように、ガスが猛烈な速さで動いている。阿寒側からの捜索隊は悪天候で捜索を断念した。私たちは雨に見舞われなかったが、幸運だったのだろう。そもそも、ここへ来る道中はずっと雨で、雨での作業は覚悟していた。
 午後0時。作戦会議。これからどこを捜索すべきか、皆で打ち合わせる。意見が分かれる。あらゆる可能性を考えて捜索範囲を広げるか、範囲を絞ってローラーをかけるか、二つに別れる。いずれにしろ、一つだけ確かだと思われたことがある。それはO氏は健全な状態にはないことである。健全なら自力で降りてこれるし、捜索隊に反応できる。
 O氏は犬を連れて歩いている。しかもどうやら、紐につないだまま歩いているようである。犬は10才のアイヌ犬、すれ違った時犬を抱いていたという話もあり、犬の体力はないようだ。O氏の行動力は、あまり無いと私は考た。私は、樹林帯かハイ松の中に居ると考え、そこのローラーを指示する。
 山屋の田村さんは、山頂から続くルート外の沢を指示した。彼はこの山の地形に非常に詳しい。ハイ松帯が遮っているので、山頂から続いている沢以外には、人が入り込むことは不可能だという。捜すべきは山頂から続いている沢に限られる。
 いずれにしろ、どちらも確認はしなくてはならない。ローラーをかける隊と、沢を確認するたいとに別れる。私たちは田村さんと、はずれにある沢を下から攻めてみることにする。

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 午後0時過ぎ。沢の水を飲もうとするバーバを叱る。沢は硫黄臭く、水の底の土は変色している。沢は土石流が流れて荒れている。30分も詰めるとすぐ滝が現れた。80メートルほどの落差がある。両側はハイ松の生え際からすぐガンケである。左に1個所ハイ松が下まで続いていて、それを伝って高巻き出来そうなところがある。そこから滝の上まで行けるだろうが、行ったところで移動は無理だろう。「オーーーーイ」「タローー」今日なんど叫んだ事だろう、ひとしきり叫んで引き返す。
 例え見つからなくても、可能性を一つづつ潰していくことは大切である。居ないことを確認するだけでも意義はある。指揮本部に帰り、次にどこを潰すか検討する。
 午後2時。別部隊は150人規模でローラーをかけている。まだ手がかりはない。6合目にキノコ採りが使う踏み分けがあると田村さんが指摘する。どうやら同行してくれと言うことらしい。やるならすぐ出発しなくてはならない。もう午後2時、山から引き返す時間を考えると限度である。ローラーの方で何か出たら無線で連絡してもらうことにして、又登る。
 犬はとっくに限度を超えている。警察と一緒に作業していた釧路の桑田さんの警察犬は、昼前に作業を終えていたが、その時点ですでに足が腫れていた。バーバもロックも体は無傷だが、疲労の色が濃い。
 午後3時。6合目のキノコ採りの踏み分けとの分岐に、足にマメが出来たマスターを残す。踏み分けの道は所々しかなく、ほとんどハイ松の上を歩く。心配したがバーバはちゃんと付いてくる。雨は上がり、風が強く冷たい。小さく沢をいくつか越すが、その沢には必ず足跡がある。キノコ採りの連中である。驚くべき執念を感じる。
 午後3時半。目的の沢を囲む尾根に出る。ハイ松の上から見渡すと遥か下に、ガレの沢が見える。この落差を降りて、又上がってくるのは気が重い。沢を下っていくと、やがては今朝我々が下った沢に合流する。順調にいけば暗くなる前に、道に出れるかも知れない。田村さんは下ろうと言う。バーバが居るので、田村さんほどの機動力は私には無い。心配なのはガンケである。犬連れの私が、山屋と同等にガンケに対応できるわけがない。今までこのルートを通ったことがあるかと聞くと無いというので、私は下ることに同意しなかった。
 6合目でマスターと落ち合い、腰を下ろす。通り道にあたるのか、すぐ横を猛烈な風が走っている。その風に体を預け、ジュースを飲みながら、遭難者の行方について各自思いを語る。バーバは田村さんに水をもらって喜んでいる。ロックは何が気に入ったのか、斜面に突き出た岩の上まで行って、こちらを見る。発信器の付いた首輪を付けて、それはなかなか様になっていて、写真でも撮りたいところだ。ひとしきり休んで、山を下る。

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 山を下りて、指揮本部に一応の報告をして家に帰った。
 6日午後7時。野中温泉に電話して、警察の担当者に様子を聞く。自衛隊が100人ほど応援に来て、登山道周辺から下に向かって、ローラーしつくしたそうである。再度ヘリも出た。
田村さんが、登山道からかなり離れたところで、O氏と犬の足跡を見つけたそうである。足跡は、相当歩き回っているようだ。明日はそこを中心にヘリを使って捜すそうである。夕方になってにわかに冷え込んできた、部屋にいても寒い。
 7日午後5時。発見の連絡が入る。発見場所は剣が峰。ヘリが捜した地域で、我々は頭から捜索区域から除外していた。検視の結果、死因は凍死。死亡推定時刻は4日午前。犬は健在で、紐につながれて、O氏はその紐を握ったまま倒れていた。
 発見された場所は、私をはじめ、ほとんどの人の予想と違っていた。田村さんは、雌阿寒から派生するすべての沢筋を確認しようとした。その過程の中で、O氏が沢を降りかけて、ハイ松に阻まれて引き返した足跡までが確認された。更に足跡は、かなりさまよっていたという。
 人は、自分の判断に疑問を持ったときパニックに陥る。そうなれば、その行動は人の予想の範囲外である。剣が峰に向かったO氏の行動は、それ以外には説明が付かない。大石の下に頭を隠すように、倒れていたという。O氏はさまよい、疲労こんばいして、休み、眠ったのだろう。濡れたままの体でそれは、死を意味する。

   総括
 捜索は、また徒労に終わった。犬が捜せなかったのではなく、そもそも発見の可能性のある場所に犬を投入できなかったのだ。どこで間違えたのだろう、そしてどう取り組めば良いのだろう。
 1・情報収集= 最終確認 および 不在の確認
 O氏と相前後して登った夫婦が、O氏を確認している。時間的にいって夫婦は、登りでO氏を確認したようだ。ところが夫婦は、同じ経路を引き返したのに下るときにはO氏を見ていない、これによって夫婦が下った時間帯にO氏は、夫婦が下ったルートには居ないことになる、はずなのだがこれは確認されていない。
 また、当日、毎日新聞の人々が登山道を歩いている。それらの人々はO氏を見かけていないのだが、だとすれば、それらの人々のルートと時間を調べることによって不在の確認が出来たはずである。
 その時刻、そこにいなかった事が明らかになれば、確認されている場所と時間とに照らし合わせて、ある程度は動きを予測できる。山すべてを探し回ることは不可能である。犬を投入すべき地点の選定、これが大切である。
 我々が失敗した一方で、山屋の田村氏は執念で足跡を発見している。否、執念ばかりでなく、長年の経験が指示する物があったに違いない。我々には、それが欠けている。
 ヘリが捜した地域は、頭から除外したがそれで良かったのだろうか。他人が捜した捜さないにかかわらず、経路の確認と予測をすべきでだったのではないか。その上で、遭難者の体力と精神状態を考慮に入れて、犬の投入地点を決めるべきではなかったか。
 考慮すべき事は多い。

 U人

空沼遭難

1
 遥か上の方で誰かが呼んでいる。私は答えない。その呼び声がだんだん近づいてきて、私は目覚めた。夜中の(私にとって)12時半。誰だ?こんな夜中に。電話のベルをそのままにして、誰か考える。どうせ酔っぱらった友人の誰かだろう。電話に、知らんふりを決め込み又眠る。そのうち、電話は鳴り止んだ。もう一度鳴ったとき、電話をとる。
 兼古先生の奥さんから、子供の同級生が空沼で遭難して、明日朝5時から父兄で捜索を開始するので協力して欲しいとのこと。そういえば、昨夜のニュースでやっていた。登山学習に出かけた生徒の一人が行方不明。その生徒一人が風邪気味で遅れがちだったらしい。 確か夜まで捜索していたはずだが、まだ見つからないのか。奥さんの話では、消防や警察は3時半から捜索を開始するという、犬はその前に入れるべきなので、2時半には現場に到着しなければならない。この時期3時には薄明るくなる、活動は出来る。その為には1時半には起きなくては、、、。5万図を捜すが丁度「石山」だけ欠けている。肝心の時に。山のガイド本で現場の状況を把握し、装備を考える。現場は札幌近郊の低山、軽い装備で大丈夫なはずである。動き易さを優先して、最低限の装備しか用意しないことにする。目覚ましをセットして眠る。
 現場に着いたのは、2時半。学校の大型バスが入り口に止まっている。警察はまだきておらず、消防の人たちが多い。報道関係者はいない。指揮本部に顔を出す。先生らしき人たちが、指揮本部の横にテントを張っている。恐らく不眠だったろう。消防の責任者と話をし、道案内にこのあたりの地理に詳しい営林署の人を1名、それに連絡係として無線を持った消防の若い人1名を付けてもらう。3時15分、捜索隊に先行して犬を入れる。犬はバーバ。
 行方不明の生徒は山口君。昨日の昼食後の1時頃が山口君の姿を確認した最後。昼食をとって下山途中、山口君が最後尾にいたらしい。他の生徒の二人組が何かの用事で、「万計沼まで1.3キロ」という標識まで引き返し、その途中で山口君とすれ違っている。その後、二人組の生徒は「万計沼まで1.9キロ」という標識までに生徒の集団に追いついている。二人組の生徒は帰りは山口君に行き会っていない。二人組は山口君は先に行ったと考えたという。山を下りて山口君の不在が確認された。当然山口君は「万計沼まで1.3キロ」地点から「万計沼まで1.9キロ」地点の間で道を間違ったのだろう。夕方まで先生達が捜索し、更に6時からは消防の人たちも加わって捜索する。手がかりは一切無し。

   2
 3時15分出発。まだ薄暗い。サポートの消防の人が親切で灯してくれる懐中電灯の光が余計である。目は暗闇にすぐ慣れる。強い光は無い方が良い。
 バーバを先行させる。残念ながら空気は微動だにしていない、無風である。捜索には空気が動いていた方が都合がよい。登山道は明確である。迷いようがないほどに明確である。 周りの木は札幌近郊にしては珍しく、完全な原生林である。登山道の両側は笹が茂り、犬さえ入り込みづらい。幸いなことに、サポートに付けてもらった二人は遅れがちである。 犬の神経を邪魔されなくて済む。
 右側の下の沢に対してバーバの尾が動く。捜索に入ってはじめての反応。5メートルほど下の沢の手前の木の枝に白い手ぬぐいが引っかかっている。この地点が丁度「万計沼まで1.3キロ」と「万計沼まで1.9キロ」の間。この時点で捜索の向きを沢沿いに変えていれば、簡単に山口君を発見できたのだが、、。手ぬぐいを回収して、その地点の上の木の枝に縛っておく。サポートの人たちと相談して、万計沼まで行くことにする。万計沼には4時40分に到着。二つある小屋の一つに、偶然の登山者が泊まっていて、ラジオで事件を知っていたが山口君には行き会っていなかった。引き返す。
 バーバの体力がない。これは山歩きに不慣れな犬には仕方のないことだが、鍛錬が足りない。私は歩くのが商売である。犬の散歩や訓練で毎日歩いている。多いときには1日で4万歩歩く。しかも、渓流釣りが趣味なので山歩きや沢歩きは慣れている。重いリュックを背負って泊まりながら源流に入る。前にアップしたように、山歩きに慣れてない犬は、 途中でへたばり、担いでやらなければならなくなる事もある。バーバも今後、救助犬としてどんどん使っていくためには、釣りに一緒に連れ歩いてもう少し鍛える必要がある。
 途中、沢に向かって斜め下に丸木が倒れている。バーバは丸木の上を歩いてこともなげに沢に降りる。ここには何もなかったが、丸木を歩くことは普通の犬には難しい。これはアジリティーやハシゴ登りで訓練してあるからだろう。
 反応があったのは後2回。いずれも、人糞であった。
 途中、道警の救助犬とすれ違う。やはり、人からの干渉を避けて捜索隊から先行してきていた。その後、警察の人や、消防、自衛隊、父兄や先生とおぼしき人とすれ違って帰る。 6時半指揮本部に到着し、一旦訓練所に帰ることにする。バーバはかなりへばっている。

   3
 疲れ切ったバーバを休ませ、こちらも朝飯を食べて休息する。捜索の様子を見て、まだ見つからないようなら、午後1時又犬を入れる事にする。それまで見つからないようなら、かなり広範囲を捜さなくてはいけないだろう。少しでも手が欲しいので、警察犬のアイちゃんも出すことにし、救助犬の訓練途中のハナとビビにも手伝ってもらうよう電話で頼む。 1時出発で現地で待ち合わすことにする。
 現場を再検討する。迷い様のない様な山道。現地で一緒に仕事をした消防や警察の人は、 「トイレに行って迷ったのではないか」との見解だった。実際後になってみるとそのとおりだったようである。しかしこの時点ではそれは分からない。山道と平行して林道が走っている。更に山道の横にくっついたり離れたりして沢が二本流れている。午後からは、4組の犬を投入できる。沢歩きに慣れた私とアイちゃんが太い沢をしたから登る。後は女性ばかりの3組。私はネットも虫よけも持っているが、現場はブヨや薮蚊がひどい。長井さんはバーバと再度山道。新倉さんとハナは林道沿いを、佐々木さんとビビにはもう一つの沢沿いを登ることにする。
  HBC(テレビ局)から、救助犬と警察犬に関する取材の申込みを受けていて、それが丁度この日だったので救助を優先させたいと断った。それなら、救助に出動する様子を撮りたいと言ってきて、邪魔しないことを条件に了解する。が、彼らは1時出動だというのに、早くも10時半にやってきた。仕方がないので、出動させないトミーで救助犬の仕事と警察犬の仕事の違いを見せることにする。結局これが出発を遅らせることになってしまう。
 現地到着は2時15分。再度の犬投入の打ち合わせに、指揮本部と相談をはじめたところで道警のヘリから山口君発見の連絡が入る。山口君が発見されたのは、私とアイちゃんを投入する予定の沢であった。